実直に丁寧に、
本物の和三盆糖を。



上品な味で有名な「和三盆」は、ひとくくりにされがちですが、実は製糖所によって製法や原材料が異なります。 最上質の阿波和三盆糖づくりで何よりも大切なのは、原材料のサトウキビ。
このサトウキビは「竹糖(ちくとう)」と呼ばれる在来品種で、背丈は小さく1年に1度しか収穫もできません。
そのため沖縄などで栽培されるサトウキビと比較すると収穫量は少なく、そこから作られる和三盆は大変希少なものとなります。
服部製糖所では代々受け継いできた竹糖の苗を大切にし、徳島県内の自社畑及び契約農家で栽培しています。


和三盆糖



時代は流れ、戦後安価なグラニュー糖が輸入されるようになり、 かつて徳島県にたくさんあった和三盆の製糖所は次々と姿を消し、今ではわずか4軒しか残っていません。 「いいものを作らなければ、作り続ける意味がない」と、 服部製糖所ではこの希少な竹糖のみを原材料とし、創業当時と変わらぬ味の和三盆を作り続けています。


和三盆糖

20代の14代目たち

服部製糖所で製造やさまざまな商品開発を担っているのは、三人兄弟。
長男は医療系の仕事をしながら裏から二人の弟を支えています。
二男は製菓専門学校を卒業後人気パティスリーに勤めたのち、干菓子専門のブランド「わんさんぼん」を立ち上げました。
三男は製菓専門学校を卒業後、兄たちの背中を追って服部製糖所に入社しました。
彼らの父である13代目が病で倒れた後、三男は若干19歳で15代目に就任しました。
代々受け継がれてきた昔ながらの阿波和三盆糖の美味しさを後世へ残すために兄弟が力をあわせています。


和三盆糖

もっと楽しく、 和三盆の美味しさを多くの人へ。

和菓子や洋菓子、料理など幅広く使われている和三盆糖は、原材料として美味しさを支えるいわば「影の立役者」。
けれども、和三盆糖そのものの美味しさを、もっと楽しく、もっと多くの人々に楽しんでいただきたい。
14代目たちはそんな思いで、新しい商品開発にも精力的に取り組んでいます。

おはぎ 花輝

阿波和三盆糖製造元・服部製糖所が作るお花畑のような美しいおはぎ。
徳島県で栽培した竹糖から製造した最上質和三盆「大無類和三盆」を贅沢に使った白餡に、 無添加天然素材で色を出し、ひとつひとつ手作業で作っています。
華やかな餡子の花の下には、餅米と徳島の棚田で育てた古代米を敷き詰めています。
口いっぱい広がる上品な甘さで、本物の和三盆のおいしさをお楽しみください。

干菓子 わんさんぼん

竹糖から作られた和三盆の美味しさをたくさんの方に知ってほしい その想いから「わんさんぼん」のお干菓子は生まれました。
つなぎとなるものや食品添加物は不使用。
和三盆は服部製糖所の最上質和三盆「大無類和三盆」を使用し、和三盆のみで打った究極のお干菓子です。
お茶請けとして噛まずに口の中で溶かすようにしてお召し上がりください

「服部」で繋がった不思議なご縁

服部製糖所の長年のお取引をさせていただいている、東海道の宿場町・関宿にある「深川屋」さん。 江戸時代初期から続くこの店の銘菓「関の戸」は、参勤交代で街道を行き来する諸大名の間で人気を博し、 やがて京都の朝廷にも伝わり、仁和寺御用達菓子司を仰せつかったそうです。

2019年、深川屋に残る古文書から当時の「忍びの記述」が発見されました。
そこには、御室御用達菓子司を仰せつかった際に「和三盆を製造せよ」との命を受け、徳島に向かったと言われています。

深川屋様の当主は「服部」様。 その深川屋様へ長年和三盆を納入させていただいているのが「服部製糖所」。 今まで単に同じ名字だと思っていたのですがどうやら私達は繋がっていたようです。 先般、深川屋の服部様ご夫婦にお会いしたときに、間違いないであろうと正式に認定いただきました。

「服部」と「和三盆」で繋がった、長く素敵なご縁を大切にしていきたいと思います。

東海道関宿銘菓 関の戸|深川屋
http://www.sekinoto.com/